問題16 (東海大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、斜面に置かれた直方体のつりあいを扱います。板の傾斜角を大きくしていくと、物体は「滑り出す」か「倒れる」かのどちらかが先に起こります。この2つの現象を、それぞれ「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」の観点から分析する問題です。
- 物体: 質量 \(M\) の直方体。辺ABの長さ \(3a\)、辺BCの長さ \(a\)。
- 板: 平らであらい。水平から徐々に傾けることができる。
- 静止摩擦係数: \(\mu_0\) (板と物体の間)
- 重力加速度: \(g\)
- 状況1 (図1): 長辺ABを接して置く。傾斜角\(\theta\)が\(\theta_1\)を超えると滑りだす。
- 状況2 (図2): 短辺BCを接して置く。滑りだすことなく、傾斜角\(\theta_2\)で倒れる。
- (1) 状況1で、\(\theta < \theta_1\) で静止しているときの摩擦力の大きさ。
- (2) 状況1で、倒れることなく滑りだしたことからわかる \(\mu_0\) の条件。
- (3) 状況2で、倒れ始める瞬間の傾斜角 \(\theta_2\) に対する \(\tan\theta_2\) の値。
- (4) 状況2で、倒れ始める直前の摩擦力の大きさ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「剛体のつりあい」と、その限界条件である「滑り出す条件」と「倒れる条件」の比較です。
- 力のつりあい: 物体が静止しているとき、斜面に平行な方向と垂直な方向の力はそれぞれつりあっている。
- 力のモーメントのつりあい: 物体が回転せずに静止しているとき、任意の点のまわりの力のモーメントはつりあっている。
- 滑り出す条件: 斜面に平行な力(重力の成分)が、最大静止摩擦力と等しくなる瞬間に物体は滑り出す。
- 倒れる条件: 重力の作用線が、物体の底面の支持領域(この場合は接している辺)の端点を越える瞬間に物体は倒れる。これは、垂直抗力の作用点が支持領域の端に達したときと等価である。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、物体にはたらく力(重力、垂直抗力、摩擦力)を図示し、斜面に平行・垂直な成分に分解します。
- 静止している状態での力のつりあいの式を立て、摩擦力を求めます。
- 「滑り出す」条件と「倒れる」条件をそれぞれ数式で表現し、比較することで\(\mu_0\)の条件を導きます。
- 状況2についても同様に、今度は「倒れる」条件から\(\theta_2\)を求め、そのときの力のつりあいから摩擦力を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体が板に対して静止しているとき、物体にはたらく力はつりあっています。特に、斜面に平行な方向の力のつりあいを考えることで、摩擦力の大きさを求めることができます。
この設問における重要なポイント
- 考察の対象を「直方体」とする。
- 重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する。
- 静止している間、摩擦力は重力の斜面成分とつりあっている。
具体的な解説と立式
物体にはたらく力は、「重力 \(Mg\)」「斜面からの垂直抗力 \(N\)」「斜面からの静止摩擦力 \(f\)」の3つです。
重力 \(Mg\) を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解します。
- 斜面平行成分(斜面下向き): \(Mg\sin\theta\)
- 斜面垂直成分(斜面に垂直下向き): \(Mg\cos\theta\)
物体は斜面に平行な方向に動かないので、この方向の力はつりあっています。摩擦力 \(f\) は、重力の斜面平行成分を支えるために、斜面上向きにはたらきます。
したがって、力のつりあいの式は、
$$f = Mg\sin\theta$$
使用した物理公式
- 力のつりあい
- 力の分解
上記の立式がそのまま答えとなります。
斜面に置かれた物体がずり落ちようとする力は、重力の一部分である \(Mg\sin\theta\) です。物体が静止しているのは、この力と全く同じ大きさの摩擦力が、反対向き(斜面を駆け上る向き)に働いて支えているからです。
摩擦力の大きさは \(Mg\sin\theta\) です。傾斜角\(\theta\)が大きくなるほど、滑り落ちようとする力が強くなるため、それを支える摩擦力も大きくなるという、直感と一致した結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
この問題は、「倒れる」よりも先に「滑りだす」という条件を数式で表現することが鍵です。
- 滑り出す条件: 傾斜角が \(\theta_1\) になったとき、摩擦力が最大静止摩擦力に達します。
\(f_1 = Mg\sin\theta_1\) かつ \(f_1 = \mu_0 N = \mu_0 Mg\cos\theta_1\)。
よって、\(\mu_0 = \tan\theta_1\)。 - 倒れる条件: 物体が倒れるのは、重心の真下の点が、支持領域(この場合は辺AB)の端点(点A)を越えるときです。この瞬間の角度を \(\theta_0\) とすると、力のモーメントがつりあう限界の状態になります。
- 倒れることなく滑りだす: これは、滑り出す角度 \(\theta_1\) が、倒れる角度 \(\theta_0\) よりも小さい (\(\theta_1 < \theta_0\)) ことを意味します。
この設問における重要なポイント
- 「滑り出す条件」と「倒れる条件」をそれぞれ立式する。
- \(\theta_1 < \theta_0\) という条件を、\(\tan\theta\) の大小関係に置き換えて\(\mu_0\)の条件を求める。
具体的な解説と立式
1. 滑り出す角度 \(\theta_1\) の条件
傾斜角が \(\theta_1\) のとき、摩擦力は最大静止摩擦力に等しくなります。
$$Mg\sin\theta_1 = \mu_0 (Mg\cos\theta_1)$$
$$\mu_0 = \frac{\sin\theta_1}{\cos\theta_1} = \tan\theta_1 \quad \cdots ①$$
2. 倒れる角度 \(\theta_0\) の条件
物体が倒れる直前、垂直抗力の作用点は下側の端点Aに集中します。この状態で、点Aのまわりの力のモーメントがつりあっています。
- 重力 \(Mg\) によるモーメント: 重心Gにはたらく重力 \(Mg\) を、斜面に平行な成分 \(Mg\sin\theta_0\) と垂直な成分 \(Mg\cos\theta_0\) に分解します。
- \(Mg\sin\theta_0\) は物体を反時計回りに回そうとします。腕の長さは、重心Gの高さなので \(\frac{a}{2}\)。
- \(Mg\cos\theta_0\) は物体を時計回りに回そうとします。腕の長さは、重心Gの水平位置なので \(\frac{3a}{2}\)。
モーメントのつりあいの式は、
$$(Mg\sin\theta_0) \times \frac{a}{2} = (Mg\cos\theta_0) \times \frac{3a}{2}$$
3. 条件の結合
「倒れることなく滑りだした」ので、\(\theta_1 < \theta_0\) です。
\(\tan\theta\) は \(0 < \theta < \pi/2\) の範囲で単調増加なので、\(\tan\theta_1 < \tan\theta_0\) となります。
使用した物理公式
- 最大静止摩擦力: \(f = \mu N\)
- 力のモーメントのつりあい
まず、倒れる角度\(\theta_0\)を求めます。モーメントのつりあいの式から、
$$\sin\theta_0 = 3\cos\theta_0$$
$$\tan\theta_0 = 3 \quad \cdots ②$$
次に、滑り出す条件 \(\mu_0 = \tan\theta_1\) と、倒れることなく滑る条件 \(\tan\theta_1 < \tan\theta_0\) を組み合わせます。
$$\mu_0 < 3$$
物体が「滑る」か「倒れる」か、どちらが先に起こるかの競争です。「滑る」のは摩擦力の限界、「倒れる」のはバランスの限界です。それぞれの限界となる角度を計算し、今回は「滑る」が先に起きたので、滑る角度が倒れる角度より小さかった、という不等式を立てて、摩擦係数の条件を求めます。
静止摩擦係数 \(\mu_0\) は3未満であるとわかります。もし \(\mu_0\) が3以上なら、物体は滑り出す前に倒れてしまうことになります。
問(3)
思考の道筋とポイント
状況2では、短辺BCを接して物体を置いています。この状態で、滑りだすことなく、傾斜角が \(\theta_2\) になった瞬間に倒れた、とあります。「倒れ始める瞬間」の条件は、問(2)で考えた倒れる条件と同じです。ただし、辺の長さが変わるので、腕の長さが変わることに注意します。
この設問における重要なポイント
- 「倒れ始める瞬間」の条件を適用する。
- 辺の長さが \(a\) と \(3a\) で入れ替わっていることを正しく反映させる。
具体的な解説と立式
倒れ始める瞬間、垂直抗力の作用点は下側の端点Bに集中します。この状態で、点Bのまわりの力のモーメントがつりあっています。
- 重力 \(Mg\) によるモーメント:
- 斜面平行成分 \(Mg\sin\theta_2\) は、物体を反時計回りに回そうとします。腕の長さは、重心Gの高さなので \(\frac{3a}{2}\)。
- 斜面垂直成分 \(Mg\cos\theta_2\) は、物体を時計回りに回そうとします。腕の長さは、重心Gの水平位置なので \(\frac{a}{2}\)。
モーメントのつりあいの式は、
$$(Mg\sin\theta_2) \times \frac{3a}{2} = (Mg\cos\theta_2) \times \frac{a}{2}$$
使用した物理公式
- 力のモーメントのつりあい
つりあいの式の両辺から \(Mg \times \frac{a}{2}\) を消去すると、
$$3\sin\theta_2 = \cos\theta_2$$
両辺を \(\cos\theta_2\) で割ると、
$$3\tan\theta_2 = 1$$
$$\tan\theta_2 = \frac{1}{3}$$
今度は、物体を縦長に置いた場合です。倒れる瞬間のバランスの限界を考えます。問(2)と考え方は同じですが、物体の置き方が変わったので、重心までの「高さ」と「横位置」が入れ替わります。新しい腕の長さでモーメントのつりあいの式を立てます。
\(\tan\theta_2 = \frac{1}{3}\) です。状況1の倒れる角度 \(\tan\theta_0=3\) と比べて、はるかに小さい角度で倒れることがわかります。これは、縦長の物体の方が倒れやすいという日常的な感覚と一致しています。
問(4)
思考の道筋とポイント
物体が倒れ始める「直前」は、まだ滑らずに静止しています。したがって、この瞬間も斜面に平行な方向の力はつりあっています。この力のつりあいの式から、摩擦力の大きさを求めます。
この設問における重要なポイント
- 「倒れ始める直前」は、まだ静止しており、力のつりあいが成り立っている。
- 摩擦力は、重力の斜面平行成分とつりあっている。
具体的な解説と立式
倒れ始める直前の傾斜角は \(\theta_2\) です。このとき、物体にはたらく摩擦力 \(f_2\) は、問(1)と同様に、重力の斜面平行成分とつりあっています。
$$f_2 = Mg\sin\theta_2$$
ここで、問(3)の結果 \(\tan\theta_2 = \frac{1}{3}\) を利用して \(\sin\theta_2\) の値を求めます。
\(\tan\theta_2 = \frac{1}{3}\) を満たす直角三角形を考えると、3辺の比は \(1:3:\sqrt{1^2+3^2} = 1:3:\sqrt{10}\) となります。
したがって、
$$\sin\theta_2 = \frac{1}{\sqrt{10}}$$
これを摩擦力の式に代入します。
使用した物理公式
- 力のつりあい
- 三角関数の相互関係
$$f_2 = Mg \times \frac{1}{\sqrt{10}} = \frac{1}{\sqrt{10}}Mg$$
物体が倒れる寸前も、まだ滑ってはいません。なので、滑り落ちようとする力(重力の斜面成分)と摩擦力は釣り合っています。(3)で倒れるときの角度がわかったので、その角度を使って滑り落ちようとする力を計算すれば、それがそのまま摩擦力の大きさになります。
摩擦力の大きさは \(\frac{1}{\sqrt{10}}Mg\) です。
この状況では「滑りだすことなく」倒れたので、この摩擦力 \(f_2\) は最大静止摩擦力 \(\mu_0 N_2 = \mu_0 Mg\cos\theta_2\) よりも小さいはずです。
\(f_2 = Mg\sin\theta_2\) なので、\(Mg\sin\theta_2 < \mu_0 Mg\cos\theta_2\)、つまり \(\tan\theta_2 < \mu_0\) という条件が成り立っているはずです。 \(\tan\theta_2 = 1/3\) なので、\(\mu_0 > 1/3\) であれば、この状況は起こりえます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 剛体のつりあいの限界条件(滑り出す vs 倒れる):
- 核心: この問題の最も重要なポイントは、斜面に置かれた剛体が静止状態を破る2つの異なるメカニズム、「滑り出す」ことと「倒れる」ことを区別し、それぞれを的確に数式で表現することです。
- 滑り出す条件: これは「力のつりあい」の限界です。斜面下向きに滑らせようとする力(重力の斜面成分)が、それを妨げる静止摩擦力の限界(最大静止摩擦力)に達した瞬間に起こります。数式では \(Mg\sin\theta = \mu_0 Mg\cos\theta\)、すなわち \(\tan\theta = \mu_0\) と表されます。
- 倒れる条件: これは「力のモーメントのつりあい」の限界です。傾きが増すにつれて重力の作用線が支持基底面(底辺)の端に近づき、ついにその端を越える瞬間に起こります。このとき、垂直抗力の作用点が支持基底面の端に移動したとして、力のモーメントのつりあいの式を立てます。
- 理解のポイント: 物体が滑るか倒れるかは、\(\tan\theta\) で比較できます。滑り出す角度\(\theta_s\)は \(\tan\theta_s = \mu_0\)、倒れる角度\(\theta_t\)は \(\tan\theta_t = (\text{底辺の半分の長さ}) / (\text{重心の高さ})\) で決まります。\(\theta_s\) と \(\theta_t\) のどちらが小さいかによって、先に起こる現象が決まります。
- 核心: この問題の最も重要なポイントは、斜面に置かれた剛体が静止状態を破る2つの異なるメカニズム、「滑り出す」ことと「倒れる」ことを区別し、それぞれを的確に数式で表現することです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 様々な形状の物体: 直方体だけでなく、円柱や三角柱など、異なる形状の物体が斜面で滑るか倒れるかを問う問題。重心の位置と底面の形状を正しく把握すれば、同じ考え方で解けます。
- 水平な力を加える問題: 斜面ではなく水平な床に置かれた物体に、徐々に大きな水平な力を加えていく問題。この場合も、滑り出す条件(力が最大静止摩擦力に達する)と、倒れる条件(力のモーメントがつりあわなくなる)を比較します。
- 乗り物の安定性: トラックやバスがカーブを曲がる際に、遠心力によって外側に倒れるか、あるいはタイヤが滑るか、といった問題。これも「倒れる条件」と「滑る条件」の比較という点で本質的に同じ構造です。
- 初見の問題での着眼点:
- 「滑る」と「倒れる」を分離して考える: 問題文に「滑る」「倒れる」という言葉が出てきたら、それぞれが「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」のどちらの限界条件に対応するのかを即座に判断します。
- 重心の位置と支持基底面: 「倒れる」条件を考える際は、物体の重心の高さと、支持基底面(床と接している部分)の幅が決定的に重要になります。図からこれらの幾何学的な情報を正確に読み取ります。
- 限界瞬間の状態: 「滑りだす瞬間」や「倒れ始める瞬間」は、まだ物体が静止している(加速度が0である)とみなし、力のつりあいや力のモーメントのつりあいの式を適用できる、という点が重要です。運動が始まってからではなく、その直前の状態で考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 滑る条件と倒れる条件の混同:
- 誤解: 摩擦力の問題を力のモーメントで、回転の問題を力のつりあいだけで解こうとして混乱する。
- 対策: 「滑る=並進運動の開始 \(\rightarrow\) 力のつりあいの限界」「倒れる=回転運動の開始 \(\rightarrow\) 力のモーメントのつりあいの限界」という対応関係を明確に覚える。
- 倒れるときの力のモーメントの腕の長さの計算ミス:
- 誤解: 重心までの距離をそのまま腕の長さにしてしまう。
- 対策: 倒れる直前は、回転の中心が底面の端点になる。そこを基準として、重力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解し、それぞれに対する腕の長さを正確に求める。腕の長さは、回転の中心から力の作用線までの「垂直距離」です。
- 静止摩擦力の扱い:
- 誤解: 静止している間の摩擦力を常に最大静止摩擦力 \(\mu_0 N\) だと思ってしまう。
- 対策: 静止摩擦力は、あくまで外力とつりあうために必要な分だけはたらく「受動的な力」です。問(1)や(4)のように、単に静止している状態では、力のつりあいの式から求めます。\(f = \mu_0 N\) が使えるのは、「ちょうど滑りだす瞬間」だけです。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 重心と支持基底面の関係: 物体の重心から鉛直下向きに線を下ろし(重力の作用線)、この線が支持基底面(床との接触辺)の内側にあるか外側にあるかを考える。この線が支持基底面の端を越えた瞬間に、物体は倒れます。このイメージは非常に強力です。
- 力の分解図: 重力\(Mg\)を、斜面に平行な\(Mg\sin\theta\)と垂直な\(Mg\cos\theta\)に分解する図は必須です。これにより、滑らせようとする力と、斜面に押し付ける力が明確になります。
- 倒れる瞬間の力の図示: 倒れる瞬間には、垂直抗力の作用点が底面の端(回転軸)に移動していることを図に明記する。これにより、なぜ垂直抗力のモーメントが0になるのかが視覚的に理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 物体の向きと辺の長さ: 図1と図2で物体の置き方が違うことを明確に意識し、辺の長さ(\(a\)と\(3a\))を正しく図に反映させる。これが倒れる条件の計算結果を大きく左右します。
- 作用点の明記: 重力は重心Gから、垂直抗力と摩擦力は接触面(倒れる直前は端点)から描く。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつりあいの式 (\(f = Mg\sin\theta\)):
- 選定理由: 問(1)や(4)で、静止している物体にはたらく「静止摩擦力」の大きさを求めるため。
- 適用根拠: 物体は斜面方向に並進運動していない(加速度がゼロ)ため、斜面方向の力はつりあっている。摩擦力は、重力の斜面成分とつりあう大きさになる。
- 滑り出す条件式 (\(\tan\theta_1 = \mu_0\)):
- 選定理由: 「滑りだす」という限界状態を数式で表現するため。
- 適用根拠: 滑りだす瞬間には、静止摩擦力が最大値 \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\) に達する。力のつりあいの式 \(f=Mg\sin\theta\) と \(N=Mg\cos\theta\) を組み合わせることで導出される。
- 倒れる条件式(モーメントのつりあい):
- 選定理由: 「倒れる」という限界状態を数式で表現するため。
- 適用根拠: 倒れる直前には、物体は回転軸(底面の端)まわりで力のモーメントがつりあっている限界の状態にある。重力による回転モーメントがつりあう条件から、そのときの角度が決定される。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状況1(長辺ABが接地)の解析:
- (1) 静止時の摩擦力: 斜面方向の力のつりあいから、\(f = Mg\sin\theta\)。
- (2) \(\mu_0\)の条件:
- Step 1 (滑る条件): 滑り出す角度\(\theta_1\)では \(\tan\theta_1 = \mu_0\)。
- Step 2 (倒れる条件): 倒れる角度\(\theta_0\)を、点Aまわりのモーメントのつりあいから求める \(\rightarrow \tan\theta_0 = 3\)。
- Step 3 (比較): 「倒れることなく滑る」ので \(\theta_1 < \theta_0\)。よって \(\tan\theta_1 < \tan\theta_0\) より \(\mu_0 < 3\)。
- 状況2(短辺BCが接地)の解析:
- (3) 倒れる角度\(\theta_2\)の計算:
- Step 1: 「滑らずに倒れる」という状況を把握。
- Step 2: 倒れる瞬間の、点Bまわりのモーメントのつりあいの式を立てる。このとき、辺の長さが状況1と逆になることに注意する。
- Step 3: 式を解いて \(\tan\theta_2 = 1/3\) を求める。
- (4) 倒れる直前の摩擦力:
- Step 1: 倒れる直前はまだ静止しているので、斜面方向の力のつりあいが成り立っている。\(f_2 = Mg\sin\theta_2\)。
- Step 2: (3)で求めた \(\tan\theta_2=1/3\) から \(\sin\theta_2\) の値を計算する。
- Step 3: \(f_2\) の式に代入して値を求める。
- (3) 倒れる角度\(\theta_2\)の計算:
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 幾何学的な情報の正確な読み取り:
- 特に注意すべき点: 倒れる条件を考える際の、回転軸から重心までの水平距離と鉛直距離。物体の向き(図1か図2か)によって、\(a/2\) と \(3a/2\) が入れ替わる。この対応を間違えると、結果が全く異なってしまう。
- 日頃の練習: 問題ごとに図を丁寧に描き、長さや寸法を正確に書き込む習慣をつける。
- 三角関数の変換:
- 特に注意すべき点: 問(4)のように、\(\tan\theta\) の値から \(\sin\theta\) や \(\cos\theta\) の値を求める場面は頻出する。
- 日頃の練習: \(1+\tan^2\theta = 1/\cos^2\theta\) のような公式を使う方法と、直角三角形を描いて辺の比から求める方法の両方に習熟しておく。後者の方が直感的で速いことが多い。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2) \(\mu_0\)の条件: \(\mu_0 < 3\)。もし \(\mu_0\) がこれより大きい、例えば \(\mu_0=4\) なら、滑り出す角度は \(\tan\theta_1=4\) となり、倒れる角度 \(\tan\theta_0=3\) よりも大きくなる。つまり、角度を大きくしていくと、\(\tan\theta=3\) の時点で先に倒れてしまう。これは問題の設定(滑りだした)と矛盾しない。
- (3) 倒れる角度: 長辺で置いたときの倒れる角度は \(\tan\theta_0=3\)、短辺で置いたときは \(\tan\theta_2=1/3\)。細長い方が倒れやすいという直感と完全に一致する。
- 条件の再確認:
- 状況1では「倒れることなくすべりだした」ので \(\theta_1 < \theta_0\)。
- 状況2では「すべりだすことはなく、…倒れた」ので \(\theta_2 < \theta_s’\)(状況2での滑り出す角度)。\(\theta_s’\) は \(\tan\theta_s’ = \mu_0\) で決まるので、この状況が成り立つためには \(\tan\theta_2 < \mu_0\)、つまり \(1/3 < \mu_0\) である必要がある。
- これらを総合すると、この直方体の静止摩擦係数 \(\mu_0\) は \(1/3 < \mu_0 < 3\) の範囲にある、ということが問題全体から読み取れる。このように、各設問の結果を統合して物理的状況を深く考察する習慣をつけると、応用力が格段に向上する。
問題17 (名城大 改)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、液体に浮かぶ棒を糸で引き上げる際のつりあいを扱います。棒が傾いているため、重力と浮力の作用点が異なることがポイントとなり、力のモーメントのつりあいを考える必要があります。
- 棒: 長さ \(l\)、断面積 \(S\)、密度 \(\rho\)、一様
- 液体: 密度 \(\rho_0\) (\(\rho_0 > \rho\))
- 状態:
- 棒の一端Aに糸をつけ、鉛直上向きに引き上げる。
- 棒は液面と角\(\theta\)をなして静止。
- 液面から点Aまでの高さが \(h\)。
- その他: 糸は常に鉛直。力の作用点は常に棒の中心線上にある。
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 棒にはたらく重力の大きさ。
- (2) 棒が傾いて静止しているとき
- (a) 重力の作用線と点Aとの間の水平距離。
- (b) 液体から受ける浮力の大きさ(液体中の長さを\(l_0\)とする)。
- (c) \(l_0\) を \(l, h, \theta\) で表す式。
- (d) 点Aのまわりの力のモーメントのつりあいの式。
- (e) \(\sin\theta\) を求める式。
- (3) \(\theta=90^\circ\)になった瞬間の、液面から点Aまでの高さ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「浮力と剛体のつりあい」です。浮力がはたらく剛体のつりあいを考える際は、以下の点が重要になります。
- 重力の作用点: 剛体の重心。一様な棒の場合はその中心。
- 浮力の作用点: 剛体が押しのけた液体の体積部分の重心。一様な棒が液体に浸かっている場合は、その「液体に浸かっている部分の中心」。
- 力のモーメントのつりあい: 重力と浮力の作用点が異なるため、これらの力が力のモーメントを生み出します。剛体が回転せずに静止しているのは、これらのモーメントがつりあっているためです。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、棒の質量を計算し、重力の大きさを求めます。
- 次に、棒が傾いている状態について、重力と浮力がはたらく位置を特定し、それぞれの力のモーメントを計算します。
- 力のモーメントのつりあいの式を立て、未知数を解いていきます。幾何学的な関係式も併用します。
- 最後に、\(\theta=90^\circ\)という特定の状況を考え、(2)で導いた関係式を適用します。
問(1)
思考の道筋とポイント
棒の重力の大きさを求めます。重力は「質量 \(\times\) 重力加速度」で、質量は「密度 \(\times\) 体積」で計算できます。
この設問における重要なポイント
- 棒の体積を正しく計算する。
- 質量と密度の関係式 \(m = \rho V\) を使う。
具体的な解説と立式
棒の体積 \(V\) は、長さ \(l\) と断面積 \(S\) から、
$$V = Sl$$
棒の質量 \(m\) は、密度 \(\rho\) と体積 \(V\) から、
$$m = \rho V$$
したがって、棒にはたらく重力の大きさ \(W\) は、
$$W = mg$$
使用した物理公式
- 質量・密度・体積の関係: \(m = \rho V\)
- 重力の式: \(W = mg\)
立式したものを代入して整理します。
$$W = (\rho V)g = (\rho Sl)g = \rho Slg$$
物体の重さは、その物体の質量に重力加速度を掛けることで求まります。質量は、密度に体積を掛けることで計算できます。棒の体積は「断面積 \(\times\) 長さ」です。
棒にはたらく重力の大きさは \(\rho Slg\) です。
問(2a)
思考の道筋とポイント
重力の作用線と点Aとの間の「水平距離」を求めます。重力は棒の重心にはたらきます。一様な棒なので、重心は棒の中心です。
この設問における重要なポイント
- 重力の作用点は棒の中心(重心)である。
- 図形的な関係から水平距離を求める。
具体的な解説と立式
重力は、棒の中心Gにはたらきます。点Aは棒の一端なので、AからGまでの棒に沿った距離は \(\frac{l}{2}\) です。
棒は液面と角\(\theta\)をなしているので、重力の作用線(鉛直な線)と点Aとの水平距離は、三角比の関係から、
$$(\text{水平距離}) = \frac{l}{2}\cos\theta$$
使用した物理公式
- 三角比
この設問では、立式がそのまま答えとなるため、特別な計算過程はありません。
重力は棒のど真ん中にかかります。点Aから真ん中までの距離は \(\frac{l}{2}\) です。棒が\(\theta\)だけ傾いているので、A点と真ん中の点の「横方向のずれ」を考えます。これは三角関数を使って計算できます。
水平距離は \(\frac{l}{2}\cos\theta\) です。
問(2b)
思考の道筋とポイント
浮力の大きさを求めます。アルキメデスの原理によれば、浮力の大きさは「物体が押しのけた流体の重さ」に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- アルキメデスの原理を適用する。
- 液体に浸かっている部分の体積を正しく計算する。
具体的な解説と立式
棒のうち、液体に浸かっている部分の長さは \(l_0\) です。この部分の体積 \(V_{\text{水中}}\) は、
$$V_{\text{水中}} = S l_0$$
アルキメデスの原理より、浮力の大きさ \(F_{\text{浮力}}\) は、この体積と同じ体積の液体(密度\(\rho_0\))の重さに等しいので、
$$F_{\text{浮力}} = \rho_0 V_{\text{水中}} g$$
使用した物理公式
- アルキメデスの原理: \(F_{\text{浮力}} = \rho_{\text{液体}} V_{\text{物体}} g\)
立式した \(V_{\text{水中}}\) を代入します。
$$F_{\text{浮力}} = \rho_0 (S l_0) g = \rho_0 S l_0 g$$
浮力の大きさは、その物体が沈んでいる部分と同じ体積分の水の重さと同じです。水に沈んでいる部分の長さが \(l_0\) なので、その体積は \(S \times l_0\)。この体積の水の重さを計算します。
浮力の大きさは \(\rho_0 S l_0 g\) です。
問(2c)
思考の道筋とポイント
液体に浸かっている部分の長さ \(l_0\) を、与えられた \(l, h, \theta\) を用いて表します。図形的な関係に着目します。
この設問における重要なポイント
- 図から、棒の長さ、高さ、角度の関係を表す直角三角形を見つける。
具体的な解説と立式
図を見ると、液面より上に出ている棒の部分、液面、そして点Aから液面に下ろした垂線で直角三角形ができます。
液面より上に出ている棒の長さは \(l – l_0\) です。
この直角三角形の斜辺が \(l-l_0\)、高さが \(h\)、角度が \(\theta\) なので、三角比の定義より、
$$\sin\theta = \frac{h}{l-l_0}$$
使用した物理公式
- 三角比の定義
この式を \(l_0\) について解きます。
$$l-l_0 = \frac{h}{\sin\theta}$$
$$l_0 = l – \frac{h}{\sin\theta}$$
棒の、水面から出ている部分に注目します。この部分の長さは \(l-l_0\) です。この部分と水面、そしてA点の高さ\(h\)で直角三角形ができます。この三角形の辺と角度の関係(サイン)から、\(l_0\) を求める式を作ります。
長さ \(l_0\) は \(l – \frac{h}{\sin\theta}\) と表せます。
問(2d)
思考の道筋とポイント
点Aのまわりの力のモーメントのつりあいの式を立てます。棒にはたらく力のうち、点Aまわりにモーメントを作るのは「重力」と「浮力」です。糸の力は点Aにはたらくのでモーメントは0です。
この設問における重要なポイント
- 浮力の作用点を正しく特定する(液体に浸かっている部分の中心)。
- 重力と浮力のモーメントの腕の長さを正確に計算する。
- モーメントの回転方向を正しく判断する。
具体的な解説と立式
点Aを回転の中心とします。
- 重力によるモーメント:
- 力: \(W = \rho Slg\)(下向き)
- 腕の長さ: (2a)で求めた通り \(\frac{l}{2}\cos\theta\)。
- 回転方向: 時計回り。
- 浮力によるモーメント:
- 力: \(F_{\text{浮力}} = \rho_0 S l_0 g\)(上向き)
- 作用点: 液体に浸かっている部分(長さ\(l_0\))の中心。Aからの距離は \(l – \frac{l_0}{2}\)。
- 腕の長さ: \((l – \frac{l_0}{2})\cos\theta\)。
- 回転方向: 反時計回り。
力のモーメントのつりあいの式は、
(反時計回りのモーメント) = (時計回りのモーメント)
$$(\rho_0 S l_0 g) \times \left(l – \frac{l_0}{2}\right)\cos\theta = (\rho Slg) \times \frac{l}{2}\cos\theta$$
使用した物理公式
- 力のモーメントのつりあい
この設問は式を立てるだけであり、計算は不要です。
点Aを回転の軸として、棒が回転しないための条件を考えます。重力は棒を時計回りに回そうとし、浮力は反時計回りに回そうとします。この2つの「回す効果」が釣り合っている、という式を立てます。
点Aのまわりの力のモーメントのつりあいの式は \(\rho_0 S l_0 g (l – \frac{l_0}{2})\cos\theta = \rho Slg \frac{l}{2}\cos\theta\) です。
問(2e)
思考の道筋とポイント
(2c)と(2d)で立てた2つの式を連立させて、\(\sin\theta\) を求めます。未知数は \(l_0\) と \(\sin\theta\) (または\(\theta\)) ですが、うまく \(l_0\) を消去することを目指します。
この設問における重要なポイント
- 2つの未知数を含む連立方程式を解く。
- 式を整理し、最終的に \(\sin\theta\) を求める。
具体的な解説と立式
(2d)のモーメントのつりあいの式と、(2c)の幾何学的な関係式を使います。
$$(\rho_0 S l_0 g) \left(l – \frac{l_0}{2}\right)\cos\theta = (\rho Slg) \frac{l}{2}\cos\theta \quad \cdots ①$$
$$l_0 = l – \frac{h}{\sin\theta} \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 連立方程式の解法
まず式①を整理します。両辺から \(Sg\cos\theta\) を消去します(\(\cos\theta \neq 0\))。
$$\rho_0 l_0 \left(l – \frac{l_0}{2}\right) = \rho \frac{l^2}{2}$$
$$\rho_0 l_0 (2l – l_0) = \rho l^2$$
次に、この式に②を代入します。
$$\rho_0 \left(l – \frac{h}{\sin\theta}\right) \left(2l – \left(l – \frac{h}{\sin\theta}\right)\right) = \rho l^2$$
$$\rho_0 \left(l – \frac{h}{\sin\theta}\right) \left(l + \frac{h}{\sin\theta}\right) = \rho l^2$$
左辺は \((a-b)(a+b) = a^2-b^2\) の形なので、
$$\rho_0 \left(l^2 – \frac{h^2}{\sin^2\theta}\right) = \rho l^2$$
この式を \(\sin\theta\) について解きます。
$$l^2 – \frac{h^2}{\sin^2\theta} = \frac{\rho}{\rho_0}l^2$$
$$\frac{h^2}{\sin^2\theta} = l^2 – \frac{\rho}{\rho_0}l^2 = l^2 \left(1 – \frac{\rho}{\rho_0}\right) = l^2 \frac{\rho_0 – \rho}{\rho_0}$$
$$\sin^2\theta = \frac{h^2}{l^2} \frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}$$
$$\sin\theta = \sqrt{\frac{h^2}{l^2} \frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}} = \frac{h}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}$$
(c)と(d)で2つの関係式が手に入りました。これらはどちらも \(l_0\) と \(\theta\) を含んでいます。この2つの式をうまく組み合わせて(連立方程式を解いて)、\(l_0\) を消去し、\(\sin\theta\) だけの式にして答えを求めます。
\(\sin\theta = \frac{h}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}\) です。
問(3)
思考の道筋とポイント
糸をさらに引き上げ、\(\theta=90^\circ\) になったときの、液面から点Aまでの高さ \(h’\) を求めます。これは、(2e)で導いた \(\sin\theta\) と \(h\) の関係式に、\(\theta=90^\circ\) を代入することで求められます。
この設問における重要なポイント
- \(\theta=90^\circ\) は、棒が鉛直に立った状態を意味する。
- \(\sin(90^\circ) = 1\) である。
具体的な解説と立式
(2e)で求めた関係式
$$\sin\theta = \frac{h}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}$$
に、\(\theta=90^\circ\) と、そのときの高さを \(h’\) として代入します。
$$\sin(90^\circ) = \frac{h’}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}$$
使用した物理公式
- (2e)で導出した関係式
\(\sin(90^\circ) = 1\) なので、
$$1 = \frac{h’}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}$$
この式を \(h’\) について解きます。
$$h’ = l \times \frac{1}{\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}} = l \sqrt{\frac{\rho_0 – \rho}{\rho_0}}$$
(e)で、棒の傾き \(\sin\theta\) とA点の高さ \(h\) の関係がわかりました。この関係式に、\(\theta=90^\circ\) という特別な場合を代入して、そのときの高さ \(h’\) を計算します。
高さは \(l \sqrt{\frac{\rho_0 – \rho}{\rho_0}}\) です。この高さは、棒の長さ \(l\) と、棒と液体の密度の比によって決まることがわかります。もし \(\rho=\rho_0\) なら \(h’=0\) となり、棒は完全に液体に沈むまで引き上げられないことを示唆しており、妥当です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 剛体のつりあいの条件(特に力のモーメント):
- 核心: この問題は、大きさを持つ物体(剛体である棒)が、複数の力を受けて静止している状況を扱います。剛体が静止するためには、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」の2つの基本法則が成り立つ必要があります。特に、重力と浮力の作用点が異なるため、回転せずに静止するための「力のモーメントのつりあい」が解答の鍵を握っています。
- 理解のポイント:
- 作用点の違い: 重力は剛体全体の「重心」にはたらくのに対し、浮力は剛体が押しのけた流体の体積部分、すなわち「水に浸かっている部分の重心」にはたらきます。この作用点のずれが、力のモーメントを生む原因です。
- 回転の中心の選択: 力のモーメントを考える際、基準となる回転の中心をどこに選ぶかが計算の効率を左右します。この問題では、未知の力である糸の張力\(T\)がはたらく点Aを回転の中心に選ぶことで、\(T\)のモーメントを0として計算から排除でき、他の力の関係式をシンプルに立てることができます。
- 腕の長さの計算: 棒が傾いているため、腕の長さ(回転の中心から力の作用線までの垂直距離)を三角関数を用いて幾何学的に正しく求めることが不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 船の安定性(復原力): 船が波などで傾いたときに、元の姿勢に戻ろうとする性質。これも、傾くことで重心と浮心(浮力の作用点)の位置がずれ、復元的な力のモーメントが生じることで説明されます。本問のつりあいは、この復原力と外部からの力がつりあっている状態と見なせます。
- 氷山の一角: 氷山が水に浮かんでいる状態も、重力と浮力のつりあいです。氷と水の密度が異なるため、一部が水面上に出ます。その安定性を考える問題は、本問と類似の構造を持ちます。
- 異なる液体に浮かぶ物体: 上半分が油、下半分が水のような、層になった液体に物体が浮かぶ問題。この場合、それぞれの液体から受ける浮力を別々に計算し、それらの合力とモーメントを考える必要があります。
- 初見の問題での着眼点:
- 作用点の図示: まず、重力と浮力(およびその他の力)の作用点を、できるだけ正確に図に描き込むことが最優先です。作用点が不明確だと、モーメントの計算ができません。
- 幾何学的関係の整理: 棒の長さ、水に浸かっている部分の長さ、水面からの高さ、傾斜角など、問題で与えられた幾何学的な情報を整理し、それらの関係式(本問の(2c)のような)を立てることが、連立方程式を解く上で重要になります。
- モーメントの腕の長さの特定: 回転の中心を定めた後、各力の「作用線」を点線で描き、中心からその作用線へ垂線を下ろすことで、腕の長さを視覚的に確認します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 浮力の作用点を間違える:
- 誤解: 浮力が棒全体の中心(重心)にはたらくと考えてしまう。
- 対策: 浮力は「液体に浸かっている部分」にのみ関係する力であると強く意識する。したがって、その作用点も「液体に浸かっている部分の中心」になります。
- 腕の長さの計算ミス:
- 誤解: 棒が傾いているのに、棒に沿った距離を腕の長さとしてしまう。
- 対策: 力のモーメントの定義「力 \(\times\) (回転軸から力の作用線までの垂直距離)」を徹底する。本問では、力が全て鉛直方向なので、腕の長さは「水平方向の距離」になります。図に直角三角形を描き、\(\cos\theta\) を掛けることを忘れないようにする。
- 力の種類の解釈ミス:
- 誤解: 問題文の「ばねが伸びた」という記述を、ばねが棒を「押し上げている」と解釈してしまう。(※これは前問の例ですが、本問でも同様の誤解があり得ます)
- 対策: 問題の図と文章をよく照らし合わせ、力がどちらの向きにはたらくかを物理的に正しく解釈する。本問では、糸は「引き上げる」、重力は「引き下げる」、浮力は「押し上げる」という方向を間違えないことが基本です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 作用点の分離: 一本の棒の絵の中に、重力の作用点Gと浮力の作用点(水面下の部分の中心)を、明確に異なる点としてプロットする。この2点のずれこそが、回転モーメントを生む源であることを視覚的に理解する。
- 水平な補助線: 回転の中心Aを通り、水平な補助線を引く。各力の作用線(鉛直線)とこの補助線との交点までの距離が、それぞれの力のモーメントの腕の長さになることを図示する。
- 棒のシーソーモデル: 点Aで吊るされたシーソーと考える。重力は重心Gの位置からシーソーを下に押し、浮力は水面下の中心の位置からシーソーを上に押している。この2つの回転効果がつりあっている状態をイメージする。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 水面を基準に: 棒が水面と交わる点を基準に、水上部分と水中部分の長さを明確に区別して描く。
- 幾何学的関係の書き込み: \(l\), \(l_0\), \(h\), \(\theta\) の関係を示す直角三角形を図中に描き込むと、(2c)のような関係式が立てやすくなる。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- アルキメデスの原理 (\(F_{浮力} = \rho_0 V g\)):
- 選定理由: 液体に浮かぶ(あるいは沈む)物体にはたらく「浮力」の大きさを定量的に計算するため。
- 適用根拠: 物体が液体中にあるという物理的状況。\(V\)は「液体に浸かっている部分の体積」であることに注意が必要。
- 力のつりあいの式 (\(\sum F_y = 0\)):
- 選定理由: 棒は静止しており、上下に動いていないため。糸の張力\(T\)や垂直抗力(もしあれば)など、並進運動に関わる力を求める際に使用します。
- 適用根拠: 棒の並進の加速度がゼロであるという物理的状況。
- 力のモーメントのつりあいの式 (\(\sum M_A = 0\)):
- 選定理由: 棒は傾いているが、回転せずに静止しているため。重力と浮力の作用点が異なるため、回転に関するつりあいを考えないと、棒の傾き\(\theta\)を決定できません。
- 適用根拠: 棒の角加速度がゼロであるという物理的状況。回転の中心をAに選ぶことで、未知の力である張力\(T\)を計算から排除できるという戦略的な理由もあります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 準備段階: 棒にはたらく力(張力\(T\), 重力\(W\), 浮力\(F_{浮力}\))を図示する。重力の作用点は棒の中心G、浮力の作用点は水面下の部分の中心であることを確認する。
- 問(1) 重力: 棒の体積 \(V=Sl\) と密度 \(\rho\) から質量 \(m=\rho Sl\) を求め、重力 \(W=mg=\rho Slg\) を計算する。
- 問(2) 傾いた状態でのつりあい:
- (a) 重力モーメントの腕: 点Aから重心Gまでの棒に沿った距離は \(l/2\)。水平距離(腕の長さ)は \((l/2)\cos\theta\)。
- (b) 浮力: 水中部分の長さ\(l_0\)、体積\(Sl_0\)。浮力は \(F_{浮力} = \rho_0 (Sl_0) g\)。
- (c) 幾何学的関係: 水上部分の長さ \((l-l_0)\) と高さ \(h\) の関係から、\(\sin\theta = h/(l-l_0)\) を立て、\(l_0\) について解く。
- (d) モーメントのつりあい: 点Aを回転の中心とする。(浮力のモーメント) = (重力のモーメント) の式を立てる。それぞれの腕の長さに注意する。
- (e) \(\sin\theta\)の計算: (d)のモーメントの式を整理し、それに(c)の\(l_0\)の式を代入して、\(l_0\)を消去し、\(\sin\theta\)について解く。
- 問(3) 鉛直状態:
- Step 1: 「\(\theta=90^\circ\)」という条件を、(e)で導いた関係式に代入する。
- Step 2: \(\sin(90^\circ)=1\) を使い、そのときの高さ\(h’\)について方程式を解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字の整理と消去:
- 特に注意すべき点: この問題は多くの物理量(\(l, S, \rho, \rho_0, g, h, l_0, \theta\))が登場します。モーメントのつりあいの式を立てた後、両辺で共通して消去できる文字(\(S, g, \cos\theta\)など)を素早く見つけることが、計算を簡略化しミスを防ぐ鍵です。
- 日頃の練習: 複雑な文字式を扱う際に、すぐに数値を代入するのではなく、まずは文字のまま整理し、約分できる項を探す練習をする。
- 連立方程式の処理:
- 特に注意すべき点: 問(2e)では、モーメントの式と幾何学的な関係式の連立方程式を解く必要があります。代入する前に一方の式をできるだけ簡単な形(例:\(\rho_0 l_0(2l-l_0) = \rho l^2\))に整理しておくことが、計算ミスを減らすコツです。
- 日頃の練習: 複雑な代入計算を、焦らず一行ずつ丁寧に行う練習を積む。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2e) \(\sin\theta\)の式: \(\sin\theta = \frac{h}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}\)。
- 根号の中が正であるためには、\(\rho_0 > \rho\) が必要。これは問題の前提条件と一致します。
- \(\sin\theta \le 1\) でなければならないので、\(h\) には上限があることがわかります。\(h \le l\sqrt{(\rho_0-\rho)/\rho_0}\)。これは(3)で求める \(h’\) の値と一致し、棒を \(h’\) より高く引き上げることはできない(つりあいが保てない)ことを示唆しています。
- (3) 高さ\(h’\): \(h’ = l \sqrt{1 – \rho/\rho_0}\)。
- もし棒の密度\(\rho\)が液体の密度\(\rho_0\)に近づくと、\(\rho/\rho_0 \rightarrow 1\) となり、\(h’ \rightarrow 0\)。これは、密度が同じなら棒は液体中で浮きも沈みもせず、引き上げてもすぐに全体が沈んでしまうという状況に対応し、妥当です。
- もし棒の密度\(\rho\)が非常に小さいと、\(\rho/\rho_0 \rightarrow 0\) となり、\(h’ \rightarrow l\)。これは、非常に軽い棒はほとんど全体が液面から出た状態で鉛直につりあうことを意味し、これも直感と一致します。
- (2e) \(\sin\theta\)の式: \(\sin\theta = \frac{h}{l}\sqrt{\frac{\rho_0}{\rho_0 – \rho}}\)。
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